1桁上の反応率を狙う社長のための売り込まずに差別化する広告戦略G9M(ジークエム)

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森川滋之

売り込まずに差別化する広告戦略コンサルタント森川滋之です。

思えば、遠回りをしてまいりました。「森川滋之」というキーワードで検索していただければ、その遠回りぶりがよくお分かりになるでしょう。おそらく「こいつは何をしているやつなんだ?」という感想を持たれることと思います。

私は、「ブレない軸」作りのご支援をこの何年かさせていただいています。しかし、自分のこととなると軸が定まらず、ふらふらといろいろなことに手を出してきたのです。

しかし、時間は掛かりましたが、遠回りは無駄ではありませんでした。遠回りしたおかげでコンサルタントとしての引き出しが多様化・重層化し、これらが集大成として結実し、残りの人生を賭けるべき仕事となったからです。

長くなりますが、私の遠回りを振り返りたいと思います。

軸がなかった私

私は、完璧とは言いがたいのですが、世間的な基準でいえば順風満帆の人生を送ってきました。

中学・高校と進学校に入学でき、一浪はしましたが有名大学に入学し、卒業もできました。円高不況の年でしたが運に恵まれて、就活に苦労することもなく、まだ上場前だったシステムインテグレーター(現在は一部上場の大手企業)に入社することができました。

システムエンジニアという仕事は、文学部出身の私にはあっていたようです。プログラミングは言語の翻訳のようなものですし、設計書はもちろんのことそれ以外にもたくさんの文書を作成しなければならない仕事だからです。

軸を失う

神経症で苦しむ

辛いことはいくらもありましたが、「ものづくり」の楽しさがありました。そのおかげで一生懸命仕事に取り組むことができ、順調に昇格ができ、管理職になれたのは同期入社の中では早いほうでした。

しかし、1999年の秋に、私はあるプロジェクトにマネジャーとして関わるうちに心の病になり、丸2ヵ月会社を休んでしまいました。10を超える組織がステークホルダーとして関わっていたプロジェクトで、私はその利害調整で疲れ果ててしまったのです。「抑鬱神経症」という診断でした。

ここから、私の遠回りが始まりました。なので、15年近くも自分の軸がなくふらふらしてきたことになります。

会社の理解もあり、約2年でリハビリができ、グループリーダーとして再起することができました。しかし、苦しいことがあると神経症だったときの苦しみが蘇ってきて、気がつけば私は部下たちの期待に応えることができず、グループを崩壊させてしまいました。

辞表を出しましたが受理されず、「新しくできる部門で気分を変えたら?」という事業部長の勧めを受け入れました。しかし、結局異動後1年半で転職してしまいました。

逃げの人生が続く

17年半勤めた会社でしたが、未練はありませんでした。それよりも新天地でがんばろうという気持ちのほうが強かった。しかし、それも1年続きませんでした。

苦難から逃げ続けた

苦難から逃げ続けた

営業マン(セールス・レップ)として転職したのですが、営業成績が振るわず、そのうち部長とぶつかってしまいました。もちろん結果を出していない私が悪いのですが、私は孤立無援だと思いこんでしまいました。精神的に耐え切れなくなった私は、意地で何とか1件だけ受注して、それを置き土産に辞表を出しました。

一方で、ITコンサルタントを探している人がいて、そちらからの引き合いもあったので独立することにしました。

ITコンサルタントしては、顧客からそれなりに評価されていたのですが、なかなか思い通りに改革が進まず、担当者とぶつかることも増えてきました。また、常駐の仕事だったのですが、その必要性を感じず、出社日数を減らす交渉をしたところ、それもかなわず、結局辞めることにしました。

当時の心境を振り返ると、神経症再発の恐怖から、自由へのあこがれが強くなっていたのだと思います。しかし、冷静な目で見れば、不満や不安があればすぐに安易な方向に逃げていただけだと反省するしかありません。

起業して分かった力の無さ

「絶望ね・・・」

「絶望ね・・・」

独立しても常駐仕事では会社員と変わらない。それでは自由はないと思い込んだ私は、本格的に起業することにしました。2007年の秋のことでした。

正直、真面目に人生を考えていませんでした。こんな決心をしたら、脇目も振らずに起業のための準備に邁進するべきです。しかし、私は多少の貯金ができていたのをいいことに、充電期間と称して3ヵ月もの間、読書と釣りに明け暮れてしまったのです。

ちょうど本を出すことが決まっていたので、著書があればなんとかなるという甘い考えもありました(これは本当に甘い考えです)。

しかし、営業をしていなかったので、当然ながら充電期間が終わっても仕事はなく、結局起業後半年間の収入は10万円程度でした。若干あった貯金もすっかり底をつきました。

当時、妻に月1回事業報告をしていたのですが、「絶望ね」と涙ぐまれてしまいました。

「自分軸」との出会い

▲自分軸

▲自分軸

しかし、それでスイッチが入ったわけではありませんでした。もちろん何とかしなければという気持ちはあったのですが、どうすればいいのかさっぱり分からなかったのです。

書くことだけは好きだったので、コンサルタントの傍らライターとしての仕事もこなすようになりました。

生活のよすがとして仕方なくやっていたのですが、当時の主な収入源となった事例取材のおかげで、広告ライティングについて深く知ることができましたし、雑誌の寄稿などのおかげで、読者に分かりやすく伝えるためのノウハウも身につきました。

その頃縁あって、ブログをビジネスに繋げるというセミナーに参加しました。その中で、「誰に・何を・なぜ」ということが明確でないとブログもビジネスも続かないという話を聞き、なるほどと納得しました。2008年の夏のことでした。

言われるまま、「誰に・何を・なぜ」を明確にしました。すると、今までバラバラだったものがつながってきて、新しい事業のイメージが湧いてきたのです。

このとき同時に、「誰に・何を・なぜ」と言っても、それを言語化するのは難しいということにも気が付きました。そこで、この言語化のプロセスを方法論としてまとめ、その方法論に「自分軸」と名前をつけ、新しい事業の目玉コンテンツの1つにすることにしました。

これは今のG9Mの「軸」作りに直接つながっています。

自分軸で一気にV字回復したが・・・

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愚直さを取り戻し、V字回復したが・・・

コンサルタント・ビジネスの王道は、「リスト収集→情報発信→セミナー集客→個別相談→契約」だということをあるセミナーで知り、その方法についてさらに深く学ぶと同時に、愚直に実践しました。

その結果、約半年で立て続けに5社のクライアントを獲得し、月商が100万円を超えました。

ここで私はまた大きな勘違いをしてしまいました。当時の私は、福島正伸先生の「メンタリング」という考え方を学んでいました。その本質をきちっと理解ししていないのに、コンサルタントとはクライアントのメンターであり、一生関係を続けるのが当然なのだと思い込んでしまっていたのです。

私が提供していたコンテンツは、どちかというと短期間で成果物を作るためのものでした。そのため、成果物ができ上がってしまうと、こちらもやることが明確でなくなり、コンサルティング契約を解除されるということが続いたのです。

危機感を抱いた私は、「自分軸」だけを取り出して、個人向けにコーチングのような新事業を別個に始めようと思いました。

東日本大震災で1年間棒に振る

東日本大震災の影響でまた軸を見失う

東日本大震災の影響でまた軸を見失う

新事業のスタートを告げるセミナーを開催したのは、一生忘れられない日でした。

2011年3月11日がその日です。しかも、まさにセミナーの最中にあの地震が起こったのです。

幸い会場には被害がなかったので、参加者の承諾をいただき、セミナーを最後までやらせていただきました。

当日は、「門出の日にケチがついた」ぐらいの気持でしかなかったのですが、翌日以降、原発事故や流通パニック、計画停電等の事態が相次ぎました。

さらに、残っていたクライアントも1社を残して、震災を理由にすべて契約解除されてしまいました。

これらが原因で、私はまた不安に囚われるようになり、自分自身の軸を見失ってしまいました。

自分の軸がない人間が、人の軸作りの支援などできるものか――そう思うと、すっかりやる気が失せてしまい、執筆の仕事を細々とやるほかは、ほとんど仕事ができなくなってしまいました。

何か始めないといけない。毎日そう思いながら、何も手がつかない。地獄でした。

またしても貯金はどんどんなくなっていきました。

いつ自殺してもおかしくない状況でした。しかし、生きてさえいれば、転機は訪れるものです。

自分軸のセミナーを本に書いてくれた人がいた

2012年の春でした。2010年の初夏に私が開催した自分軸セミナーに参加してくださった方から電話がかかってきました。すでにプロブロガーとして有名になっていた立花岳志さんからでした。

「今度本を出すのだが、実はあのセミナーが生まれて初めて参加したものだったので、本に書きたい。承諾してもらえるだろうか」という内容です。私は、二つ返事で承諾しました。

献じていただいた本を読み、涙がこぼれました。

『ノマドワーカーという生き方』より

一人の人間の人生の決断の後押しを、自分軸ができたということに感動したのです。

そこで気づいたのです――自分の軸などなくても、人の軸を言語化するお手伝いはできる。それが、自分の能力だし、天命と言っていいものじゃないないだろうか――と。

そこで、私はもう一度自分軸の事業に取り組もうと決心したのです。震災から丸1年経っていました。

本気で継続して取り組む

自分軸を見つけて愚直に働く

本気で継続して取り組む

私はすぐに行動を始めました。無料連続メール講座を作り、それでリストを集め、メルマガを配布し、3時間で4名の自分軸を作るという真剣勝負そのもののワークショップに人を集めました。

それを約10回開催し、着実に実力を高めながら、コンテンツを改良していきました。

その間、何度も苦しいことはありました。バイトで食いつなごうと思ったこともあったし、再就職を考えたこともありました。しかし、頑張り通していると、チャンスがやってくるものです。

2013年の後半から、まず仕事の引き合いが目に見えて増えました。ほとんどが受注には結びつかなかったのですが、手応えは感じました。

そして2014年に入ってからは、企業や団体から、「商品や事業の軸を見直したうえで、それをプロモーションに反映させたい」という仕事の依頼が連続して来るようになりました。中には1年以上前に提案した案件もあり、継続することの大切さを感じました。

このように企業事例が急速に充実してきたため、企業向けのサービスに腰を据えて取り組むことを決心するに至りました。

決心したら「善は急げ」です。各企業で使ってきたワークシート類を一つにまとめ、筋の通った体系を作り上げました。それが、G9Mです。

よいものを広めるお手伝いを最速でやるのが使命

「最速」がモットー

「最速」がモットー

私自身、15年もの間、ふらふらした人生を送ってきましたが、それなりによいコンテンツと高い能力を持っているという自負も一方ではありました。しかし、それを伝えきれずに来ました。なので、よいものを持っているのに伝わらないもどかしさは、心の底から理解できます。

実際、私がG9Mとしてまとめた方法論を適用してきた企業はみな、このもどかしさを抱えておられました。

しかも、悠長に時間があるわけではありません。どこも急いでおられました。関係者はみな忙しく、数時間単位でやってほしいという企業ばかりでした。なのでG9Mは時間にこだわっているのです。

よいものを広めるお手伝いを、世界最速でやる――これが私の使命であり、軸なんだなとようやくわかりました。また、そのための力も身についていました。長かったけれど15年は無駄ではありませんでした。

一番大事なのは軸であり、それを自分で言語化するのは時間がかかる

難しい言語化をお手伝いさせてください

難しい言語化をお手伝いします

最後に、自分のよさを伝えられない私が、どうして企業や他人のよさを伝える手伝いができるのかという疑問をにお答えして、この長い駄文を締めくくりたいと思います。

結局、軸が言語化できないと、よさを伝えることができないということなのです。同時に、第三者の手助けなしに軸を言語化するのはとても難しいのです。

軸作り支援の専門家である私でさえ、自分自身の軸を作るのに6年近くかかっています。

その間、私には明確な軸がなかったため、自分のよさを伝えられずにきました。もし今、この文章があなたの心に響いているのなら、それは私に軸ができたということです。

最短の時間で最大の成功を!

最短の時間で最大の成功を!

自社の事業や商品・サービス、あるいは社員に自信があるのに、まだまだ知られていないという社長に、心からお願いしたいと思います。私に軸作りを手伝わせてください。

軸が明確になり、社内で共有されれば、それを伝え、それを売る手立てはいくらでも出てきます。

逆に、いくらよいものを持っていても、それが伝えるべき相手に正しく伝わっていなければ、社会的損失なのです。

力を合わせて、よいもので満ちている日本、そして世界を目指していきませんか。

2014年6月12日

森川 滋之

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